

TOKYO
LAST
CRAFTSMEN
Hidden Story
原点03
道具までもが,手づくり
Origin
原点
中学卒業と同時に、二代目 福田 誠司は初代と同じ眼鏡製作所で修行に入り、
眼鏡づくりの現場に身を置くことから、その道を歩み始めた。
昭和40年初頭、幼い頃から慣れ親しんだ小さな工房に戻り、
父と肩を並べて、眼鏡づくりの道を本格的に歩み始める。
製作所で鍛えた技と、工房で磨かれた感性。
その二つが交わり、親子二代での独自の眼鏡づくりが始まった。
しかし、十三年間ともに過ごしたのち、
初代 福田 朝治 は、昭和60年に67歳で病に倒れ、他界した。
二代目は静かに工房を受け継ぎ、自らの手でその歩みを続ける。
やがて、精密な手仕事を実現するためには、使いやすい工具が欠かせないことに気づく。
眼鏡職人の世界では、市販の工具では到底応えられない繊細な精度と感性が求められる。
二代目は、手仕事に最も適した形と動きを追い求め、数多くのオリジナル工具を生み出した。
たとえば、蝶番を加熱して埋め込む工程では、
ヤットコの先端を、蝶番をつまむ形になるようヤスリで成形し、
はんだごての交換ヒーターを取り付け、独自の治具を作り上げた。
手首の角度を変えるだけで蝶番の角度を微調整できるようになり、
より繊細な手仕事を可能にした。

工房にあるほとんどの工具は、二代目の発想で何かしらの
手が加えられ、市販品にはない独自性と機能美が備えられている。
それらは創意工夫と情熱の結晶であり、
いまも工房の中で生き続けている。
しかし、二代目もまた、46歳という若さで病に倒れ、この世を去った。
その短い生涯の中で、彼が生み出した数々の工具と発想は、確かに次世代へ受け継がれ、
今も TOKYO LAST CRAFTSMEN の眼鏡づくりを静かに支えている。

「道具までもが手づくり」
この原点は、時を越えて今も眼鏡づくりに受け継がれ、静かに息づいている。
